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ユークリッド幾何学は完全に有効な公理的システムであったし、いまでもそうであるが、それとても地球が平らであるといったような、現実を取り違えた解釈に陥りやすかったのである。
均衡はいつも移動する目標であるとは限らない。
認知する機能が一定で、需要と供給の曲線が交わるところで均衡点が決まるという単純な状況も多く存在する。
しかし、同時に需要と供給が所与のものとして考慮の対象からはずされているような展開も数多くみられる。
こうした省略は方法論的な理由から妥当なものとされてきた。
経済学は需要か供給それ自体のいずれかではなく、両者の関係だけを研究対象にするのだと主張されているからだ(注2)。
この主張の背後にはある隠された前提がある。
すなわち、価格メカニズムは需要と供給の状況を受動的に反映して一方向にだけ作用する、というものだ。
売り手がどの値段でどれだけ売りたいかを知っており、買い手がどれだけ買いたいかを知っているとすれば、均衡達成に必要なことは市場が需要と供給をマッチさせる独特の価格を見つけてやりさえすればいい。
しかし、もし価格変動そのものが、与えられた値段で取引する買い手と売り手の気持ちを変えてしまったらどうなるだろう。
たとえば、双方がその値段は近い将来必ず上がると予想するような場合である。
この可能性は金融市場では支配的な事実であるし、技術が急速に進歩している産業界でも同様だが、これがあっさり前提からはずされている。
需要と供給の曲線が独立して別個に与えられているという前提が市場価格を決めるのに必要なのだ。
独立して別個に与えられる需要と供給の曲線なくしては、価格は独自に決められなくなってしまう。
経済学者は自然科学の場合に比すべき理論の普遍化を提供する能力を奪われることになろう。
需要と供給の状況はなんらかの形で市場の出来事と相互依存の関係になっているか、あるいは市場の出来事に依存する関係になっている、という考え方はこれまでの経済理論で育てられてきた者にはなじめないと思われるかもしれない。
だが、これこそまさに相互作用性の概念が意味するところであるし、金融市場の行動がはっきり示すところでもある。
需要と供給の状況が独立して別個に与えられるという前提は、相互作用性が働くという可能性を一切排除する。
こうした省略はどれだけ重要であろうか。
市場と経済の行動において相互作用性の重要性はどの程度のものなのだろうか。
そこでまず証拠をみることにしよう。
『金融の錬金術』で私は均衡の理論ではうまく説明のできない相互作用性のある、いくつかのケースを取り上げて分析した。
株式市場のケースでは、私は株式資本のレバレッジ(てこの作用)が働く現象に焦点をあてた。
ある会社または産業が過大評価されると、株式を発行して、その対価を、膨れあがった期待を正当化するために使うことができる。
少なくともある段階まではそれができる。
反対に、急速に成長している会社が過小評価されると、当面のいろいろ恵まれた機会を生かすことができず、それによって過小評価を正当化してしまう。
だが、ここでも、ある段階までの話である。
こうしたいくつかの例にもとづいて、私は株式市場についてのブーム・バスト(暴騰・暴落)の理論を開発し、なかなかいい結果を得ている(これについては次章で詳述する)。
通貨市場に目を転じると、私は悪性と良性の循環が盛んであることに気がついた。
この循環サイクルでは、為替相場とそこに反映されるべきはずのいわゆるファンダメンタルズ(基礎的条件)とがみずからを強化するような具合に相互につながりあっていて、その状況が最後に逆転するまで、かなり長期間にわたって持続するトレンドを形成していく。
私は米ドルについて一九八○年に頂点に達した悪性循環のサイクルをみつけ、一九八○年から一九八五年までの期間に生じたひとつの良性循環を分析してみた。
私はそれをレーガンの帝国主義的循環(インペリアル・サークル)と名付けた。
私がもしあの本をもっとあとで書いていたら、一九九○年のドイツ再統一で触発されたドイツでの同じような帝国主義的循環を分析することができただろう。
その成り行きはヨーロッパ為替相場メカニズムに影響を及ぼしたこともあって違ったものになり、結局は一九九二年の英ポンド切り下げに道を開いた。
このように長く継続して、はっきりそれと識別できるトレンドはトレンドを追う投機を元気づけ、不安定要素がどんどん蓄積されていく傾向を生む。
つぎに銀行制度と信用市場全般をみると、私は貸し出し行為と借り手の信用度を決定する担保価値の問に相互作用性のあるつながりがあることを観察した。
これは信用の拡大と経済活動がしだいに速度をはやめ、突然終末を迎えるといった非対称のブーム・バストのパターンを生む原因となる。
相互作用性のあるつながりと非対称のパターンとは一九七○年代の国際的な一大貸し出しブームではっきりみることができたが、このブームは一九八二年のメキシコ危機でついに破綻した。
同様のプロセスがいまこれを書いている一九九八年にも展開しつつある。
以上の例は、均衡の理論が不適切であり、均衡が特別なケースとなる相互作用性の一般理論を開発しようという試みが正しいことを十分証明するものといえよう。
つまるところ、太陽黒点の実験を一回するだけで、ニュートン物理学の欠陥を証明し、アインシュタインの相対性原理の信想性を確立したのと同じようなことである。
ただ、アインシュタインの理論と私の理論には大きな違いがある。
アインシュタインはある特定の出来事を予言することができた。
光が一定の速度であることを証明したマイケルソンUモーリーの実験とか、一般相対性原理を確認した水星の近日点などである。
私は予測不可能説を唱える以外、なにも予測することができない。
相互作用性の理論が受け入れられるようになるまでは、社会的、歴史的な事件の成り行きに対するわれわれの説明能力と予測能力については、過大な期待をつつしまねばならない。
話を進めるにあたって、私はここでいくつかの理論上の問題点を明らかにしておきたい。
第一は均衡についてである。
相互作用性のほかにも均衡に向かう傾向を妨げる要因はいくつかある。
革新がそのひとつだ。
ブライアン・アーサーらの一派は収穫逓増の概念を開発してきた。
それによれば、技術の進歩が生産コストを急激に押し下げ、そのため市場を支配することで大儲けができるという期待感から、古典的な均衡点を超えて生産を増加していくのは正しいとされる。
この理論は経済理論のなかでは最も神聖視された規範的な結論のひとつ、すなわち自由貿易至上主義を危うくするものだった。
第二は相互作用性についてである。
相互作用性がその姿を現すのは人間の価値観や期待感の変化のなかにおいてである。
しかし、こうした認識が変化するだけでは十分でない。
認識が同時に実際の状況に大きな影響を及ぼすものでなくてはならない。
でなければ、変化は単なる騒音として片付けられ、その結果としての均衡はもとのままである。
一般的に言って、私はミクロ経済的な分析が相互作用性を考慮の外におく限り、現実に大きな衝撃を与えることにはならないと信じている。
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